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リテールテックJAPAN 2020 | 2020年3月3日(火)〜6日(金) 幕張メッセ
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縁がっちり玉塚氏走る――ローソン新社長、出会いが原動力、成功も失敗も超えて(ぱーそん)

 5月1日にローソン社長に就任した玉塚元一氏(51)は慶応大学ラグビー部に所属し、攻守の要となるフランカーとして活躍した。社会人になってからは何度も転職を経験し、楕円形のラグビーボールが気まぐれに転がるように活躍の場を変えている。人脈をたどると、節目節目で人生を左右する人物に出会っていた。

 ローソン社長就任が決まった3月下旬、玉塚氏の元に多くのお祝いが届けられた。その1つを手にした時、同氏の背筋が伸びた。チョコレートでできた小さなラグビーボールに添えられたメッセージ。「これからはノックオンもペナルティーも許されませんよ」

 贈り主は慶応大学ラグビー部主将を務めた大先輩、藤賢一氏(64)。九州で巨大商業施設のはしりとなる「キャナルシティ博多」を20年近くかけて開業させ、現在は中国で商業開発コンサル会社の社長だ。現役選手として一緒にプレーしたことはないが、藤氏が指揮した猛練習は「魂のラグビー」とも呼ばれて受け継がれ、玉塚氏も経験した。

 幼稚舎(小学校)から慶応に入学した玉塚社長の歩みは大学までは一直線。だが社会人になると本人も予想していなかったほど、活躍の場所を変えた。まるでラグビーボールの転がり具合のように。

 社会人の第一歩は旭硝子。米国留学を経て日本IBM、ファストリ、企業再生支援のリヴァンプ、そしてローソン。いくつもの成功や失敗を積み重ねてきた。ローソンの経営を託された玉塚氏は、藤氏の言葉を重く受け止めた。

 玉塚氏の社会人としての基礎作りをしたのは新人時代の上司で、後に旭硝子社長となる石津進也氏(75)。「モノ作りの現場、在庫管理を教わった」(玉塚氏)。この経験が製造小売業として飛躍を遂げたファストリに生かされる。今も近況報告は怠らない。

 旭硝子ではもう1人、その後の歩みに大きな影響を与えた人物に会う。取引先の伊藤忠商事にいたリヴァンプ社長の沢田貴司氏(56)だ。上智大学のアメリカンフットボール部出身の沢田氏とはすぐにビジネスを超えた仲になる。同氏の玉塚評はこうだ。「彼がいると周りが明るくなる」。加盟店ビジネスのコンビニ事業にとって店主との良好な関係は不可欠。玉塚氏には適任というわけだ。

 沢田氏は1997年にファストリに入社。1年後、日本IBMにいた玉塚氏をファストリ社長の柳井正氏(65)と引き合わせた。その日は98年11月28日。フリースブームを巻き起こした原宿店の開店日だ。玉塚氏は「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 柳井氏からは商売の原理原則をたたき込まれた。愛読書「プロフェッショナルマネジャー」は柳井氏のバイブルでもある。

 玉塚氏は成長戦略の相違から2005年に事実上、更迭されてファストリを去った。複雑な感情はあるかもしれないが、その後も柳井氏とは頻繁に会っている。今回の社長就任が決まった直後にも柳井氏に報告に行き「海外にも、もっと出ろ」と励まされた。

 ローソン会長の新浪剛史氏(55)とは、社長になった時期(年齢)が近い。新浪氏には玉塚氏が「チームを引っ張るリーダー」に映る。そして玉塚氏はこう語る。「当社は『ダイエーのローソン』から『新浪ローソン』になり、これからは『みんなのローソン』にしていく」。一人はみんなのために、というラガーマンらしさがうかがえる。(編集委員 田中陽)

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