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ケーズホールディングス相談役加藤修一氏(10)勉強会からFC誕生(HISTORY暮らしを変えた立役者)

[ 2018年2月9日 / 日経MJ(流通新聞) ]

仲間から加盟要望相次ぐ

 よつば電機は1991年に子会社にしてから3年で黒字に転換しました。カトーデンキ販売と同じ経営手法を取り入れ、売り場面積が500平方メートルの店舗に自動発注機能を備えたPOS(販売時点情報管理)システムを導入。取扱商品とチラシは共通化しました。ムダな仕事を減らし、従業員には接客に力を入れてもらうというのも同じです。

 よつば電機の再建に関わってみて、「会社というのはこんな風にダメになっていくものなんだ」ということがよくわかりました。当時はベスト電器など同業他社が競って規模を拡大していました。「売上高が100億円程度の規模では生き残れなくなる」とも強く思いました。

 家電量販店の再編は今後も続くでしょう。しかし、他社のように店舗網を全国に広げて規模を追うのは非効率です。私は当時、全国に同じ考えを持つ仲間をつくろうと、中堅クラスの家電量販店に「経営について一緒に勉強しませんか」と呼び掛けました。

 8社が応じて、92年に勉強会を立ち上げました。メンバーの中にはマツヤデンキ(現在はヤマダ電機子会社)のフランチャイズチェーン(FC)に加盟していた企業の社長もいました。香川県が地盤の大坂屋(現ビッグ・エス)の大坂靖彦(元ケーズホールディングス常務)さんです。

 大坂さんは松下電器産業(現パナソニック)出身。「カトーデンキ販売がこれから伸びそうな会社と聞いていたので」と言って参加しました。ちなみに息子の大坂尚登さんは現在、ケーズホールディングスの取締役営業本部長です。

 勉強会では目標を定めて利益計画をつくり、着実に実行することの大切さを訴えました。よつば電機再建にまつわる話も包み隠さず話しました。目標については「みんなで上場しましょう」と声をかけました。

 勉強会を始めてしばらくたったころ、メンバーのひとり、北越電機(現北越ケーズ)の山本邦彦社長から「このままでは厳しいので、FCにしてくれませんか」という申し出がありました。気心も知れていたのでその場で「いいですよ」と答えました。

 93年9月、北越電機とFC契約を結ぶため、新潟市内のホテルに泊まったときです。朝食を取るためにレストランに行くと、そうご電器(2002年民事再生法申請)の創業者の沖田勇社長を見かけました。あいさつをしましたが、私の顔を知らなかったようで「よう」と応じただけでした。

 実はこのとき、そうご電器は新潟で唯一のFC加盟企業が脱退することになっていました。そうご電器といえば、70〜80年代には「北海道の雄」と呼ばれる存在でした。本州進出を果たし、85年には茨城県にも店を出しました。

 ベスト電器やマツヤデンキと並んで、各地にFCの店舗網を広げていました。ところがバブル崩壊とともに、急拡大のひずみが出て、このときは既に勢いを失っていました。

 カトーデンキ販売へのFC加盟後は北越電機にもよつば電機と同じ手法を導入しました。売り場面積が500平方メートルの店舗だけを残し、自動発注機能を備えたPOSシステムを導入しました。北越電機でも業績の改善が明らかになってくると、勉強会の他のメンバーから「うちもFCに加盟させてください」という要望が相次ぎました。

 マツヤデンキの有力FCだった大坂屋も95年にカトーデンキ販売のFCに加盟することになりました。

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