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震災お金の備え(上)収入ゼロ想定、生活費蓄え(おさいふナビ)

[ 2013年8月20日 / 日本経済新聞 夕刊 ]

発生直後 現金で食料確保  避難生活 平時より出費増

 震災への備えは様々あるが、中でもお金は被災直後にどれくらい必要だろうか。銀行が使えないこともあるし、現金の用意は欠かせない。東日本大震災の被災地で起きたことを参考に、震災を生き抜くお金の備えを2週にわたり考える。

 「家族4人の生活資金として現金と貯蓄で120万円用意していた。おかげで避難生活を乗り切れた」。福島県南相馬市に住むファイナンシャルプランナー(FP)の佐藤光一さんは、半年ほど続いた避難生活をこう振り返る。

 自宅は福島第1原子力発電所から22キロほど。避難指示が出された20キロ圏に近く、震災後、食料などの確保や他地域への避難費用が必要になった。このケースで考えてみよう。

カードは使えず

 2011年3月11日午後2時46分、震災発生時に佐藤さんは近所を散歩中だった。倒壊の恐れのある塀や電信柱に近寄らないように歩き帰宅。幸い家屋に大きな被害はなかった。

 まず手を打ったのは水の確保だ。当初は水道が使えたため、飲み水を鍋ややかんにできる限りためた。すぐに断水したので、効果は大きかった。幸運だったのは電気が途絶えなかったこと。冷蔵庫で冷凍したおにぎりを食べ、テレビのニュースを見て夜を明かした。

 翌12日朝、テレビで近所のスーパーが再開したことを知る。買い出しに出かけると行列ができていた。価格は普段通りだが、クレジットカードは使えず支払いは現金のみ。購入制限はなかったので、弁当や菓子、カップ麺など約4000円分買い込んだ。

 問題は携帯電話も含め電話がほとんど通じないことだった。公衆電話も不通で親戚と連絡が取れない。そんな中、福島第一原発1号機の水素爆発のニュースが流れた。夕方、政府が避難指示を福島原発半径20キロ圏内に拡大。避難という選択肢が現実味を帯びてきた。

 確保した飲料水は13日には早くも心もとなくなった。そのため近所のわき水をくみに行った。翌14日に福島第1原発3号機で新たな水素爆発。佐藤さんは東京の実家への避難を決めた。

 お金がかかったのはここからだ。15日、車に食料品や着替え、寝袋、現金や通帳・印鑑も積み、まず福島県伊達市の避難所へ。その後は東京の親戚宅を転々とし、4月から新潟県上越市の避難施設で暮らした。

 震災後3カ月間の支出は、食費や移動費用など生活費が69万円。避難先で暮らすための家電購入費15万円を合わせると84万円に上り、月20万円の想定を大きく上回った。収入は5月下旬に国と県から支給された義援金40万円と、東京電力の避難住民への仮払金100万円。だが、必ず支給されるとは限らない。家族4人なら、震災後3カ月で100万円ほどかかると考えた方がよさそうだ。

営業続けた銀行

 ただし、すべて現金で持っておく必要はないだろう。金融庁によると、東北6県と茨城県に本店を置く金融機関約2700店舗のうち、3月14日に休業していたのは1割強の約280店。震災翌日の土曜日に開店した金融機関さえあった。被害が甚大だった地域でも5月には自動車の移動式ATMが巡回した。

 しかも金融庁の指示で通帳やカード、印鑑がない場合も、免許証や健康保険証などがあれば預貯金の払い戻しに応じていた。被災後、金融機関はかなり頼れる存在だったのは確かだ。

 現金の用意は数万円程度あるとよいだろう。コンビニエンスストアで、3月13日時点に休業していたのはセブンイレブンとローソンの場合、被災地店舗の4割ほど。半数以上は営業していた。当日に再開したスーパーも多かった。

 問題はおつりを用意できない店が多かったこと。佐藤さんは「一万円札だけでなく小銭を用意しておくと便利だ」と振り返る。

 佐藤さんが南相馬の自宅に帰宅したのは半年後の9月18日。だが、津波や原発事故で避難生活がさらに長引いている人も多い。佐藤さんより長引くと想定するなら、どれだけ必要か。

 FPの高田晶子さんは「1年分の家族の生活費を確保しておけば、余裕をもって生活再建に動ける」とみる。家族4人で月に20万円かかると考えるなら240万円。簡単に用意できる金額ではないのは確かだ。

 ただ、地震国に暮らす以上、自らと家族の命を守る備えはおろそかにできない。「定期預金などで確保することが大切」と高田さんは指摘する。(田中裕介)

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