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監視カメラに見張られる社会に?――日本の普及率英国の3分の1(エコノ探偵団)

[ 2009年8月19日 / 日本経済新聞 朝刊 ]

「見守り」サービスに軸足

 「街で監視カメラをよく見かけます」。近所の会社員の話に探偵、加江田孝造が興味を示した。「見張られている感じで、良い気分はしませんね。実際に増えているのかな。調べてみよう」

商店街に設置広がる

 「まず監視カメラを設置している現場を見てみよう」と、孝造は東京急行電鉄世田谷線の世田谷駅に降り立った。少し歩いて世田谷駅前商店街に着くと、「防犯カメラ作動中」との警告が目に飛び込んできた。街路灯などに取り付けられた計10台のカメラが、路上の人通りを撮影している。

 「防犯カメラで撮影されていると分かっていながら、犯罪行為をしようとする人は少ないはずです」と世田谷駅前商店街振興組合の理事長、安藤敏次さん(62)。閑静な住宅地に近い商店街は夜に人通りが減る。近隣住民から「夜歩くのは怖い」という声があり、世田谷区の補助金を得て3年前に防犯カメラの設置に踏み切った。同区は昨年春にカメラ設置を支援する補助金の額を引き上げ、区内の商店街に設置が広がっている。

 日本防犯設備協会(東京・港)に聞くと、カメラや録画機など防犯カメラシステムの市場規模は2008年度に前年度比8%増の2283億円になったもよう。「テレビなどで凶悪な事件が報道され、治安に敏感な市民が増えています」と担当者。機器のデジタル化で長時間録画が可能になり、普及が進んだ。

 防犯カメラの製造を手掛けるTOAにも問い合わせると、国内で稼働する防犯を中心とする監視カメラの台数は推定約330万台に達するという。

 次に警備会社のセコムを訪ねた。「防犯カメラは金融機関やコンビニエンスストアなどの小売りチェーンには、ほぼ行き渡りました」とシステム企画室部長の桑原靖文さん。セコムはマンションや一戸建て住宅向けの防犯カメラの売り込みに力を入れている。

 「街中も住宅も防犯カメラが増え、日本も監視社会になるのかな。海外はどうなんだろう」

 疑問に思った孝造は慶応大学を訪ね、海外の防犯事情に詳しい総合政策学部准教授の新保史生さん(38)に話を聞いた。「欧米では日本以上に防犯や犯罪捜査に監視カメラを活用しています。特に1970〜90年代にテロ事件が頻発した英国は、テロや犯罪の対策で監視カメラを使った厳しい監視体制を敷いています」と教えてくれた。英国は街路など公共空間を撮影する監視カメラだけで約430万台あり、国民千人当たりにすると約70台にのぼる。日本はTOA推定をもとに計算すると約25台で英国の3分の1の水準だ。

街中に死角なし

 ロンドンの街中にはカメラに映らない死角はないとされ、公衆トイレ内部にまで設置している。駅のトイレなどでは暴力行為などの犯罪も多く、係員がモニター画面を見張る常時監視も一般的だ。地下鉄駅周辺など一部カメラには撮影した画像に映った人物の顔を特定する顔認証機能を搭載。どこに犯罪の容疑者が現れたか分かり、捜査に利用されているという。

 英国では監視カメラが防犯や犯罪者検挙に役立っているが、弊害も出ている。ある防犯専門家は「好意を寄せる女性の行動を把握するのに監視カメラを私的に利用するなど、好ましくない事例が報告されています」と教えてくれた。

 「海外の状況を聞くと、ハイテクを駆使して国民を監視するSF小説『1984年』を思い出します」。孝造が調査の感想を漏らすと、事務所に遊びに来ていた何でもコンサルタントの垣根払太が「作者のジョージ・オーウェルは英国人だったね」と応じた。さらに「日本は英国ほど監視カメラは普及していないけれど、使い道は広がっているよ。調べてごらん」と助言してくれた。

 「監視カメラのメーカーに話を聞いてみよう」。パナソニックを訪ねると、ユビキタスセンシング開発室長の栗原紹弘さん(47)が「今後は防犯以外に使うカメラの需要が有望です。キーワードは『見守り』です」とヒントをくれた。

 そこで、パナソニックの監視カメラを導入した神奈川県鎌倉市の幼稚園と保育園を運営する吉沢学園に向かった。統括室長の笹森輝海さんが「親御さんが外から子どもの様子を見守るのに使っています」と教えてくれた。

 各教室に配置したカメラを自宅のパソコンで遠隔操作でき、自分の子どもの拡大映像を見られる。友達とケンカしていないか、熱を出していないかなど子供の様子を確認できる。離れて暮らす祖父母が孫の姿を見るケースもある。

 パナソニックは幼稚園のほか、病院や工場、チェーン店などに向け、カメラを使って現場の状況を確認できるシステムを販売する。今年4月には個人向けに自宅などの画像を携帯電話で見られるサービスを始めた。防水など機能差で価格の違う2万〜3万円の監視カメラ代、通信料は別にかかるが、月額代金は525円ですむ。

ペットの様子確認

 横浜市在住の40代の男性はペットの様子を見るために、このサービスを利用する。「仕事中も休憩時間などに一日数回利用します」。かわいくて見とれることもしばしばで、愛情が増したという。

 NTT東日本も07年に個人向けにカメラの映像を携帯電話に送るサービスを始めた。「離れて住む高齢の親が元気か確かめる使い方が多いようです」とブロードバンドサービス部の井上修吾さん(44)。同社のカメラは人の動きを検知するセンサーが付く。食卓に設置すれば、親が食事するたびにメールが届くように設定できる。映像をチェックしながら携帯電話で話すことも可能だ。代金はカメラの2万9400円のほかは、通信料がかかるだけだ。

 最後に日本総合研究所の主席研究員、鈴木正敏さん(58)に日本の監視カメラの将来を占ってもらった。「プライバシーへの配慮もあり、日本は防犯や犯罪者検挙のために監視体制を強める国民的な合意ができていません。街中をカメラで監視するようになるとは現状では考えにくいです。一方、弱者を保護する『見守りカメラ』の用途は拡大するでしょう」

 「日本は英国ほどにはカメラに見張られていませんでした」。報告に近所の会社員も納得した。

 「君らの勤務態度を見張るために監視カメラを設置しよう」。所長の提案に孝造が反対すると、同僚の深津明日香がひと言。「私のお菓子がよくなくなるんですよ。『防犯』用なら賛成です」(山川公生)

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