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震災時2000人避難、イオン石巻店店長に聞く――食事・救護…従業員4班に。

[ 2011年8月22日 / 日経MJ(流通新聞) ]

飲料や弁当 無償で配布

 東日本大震災から5カ月、イオンは東北の全店の再開にこぎ着けた。震災時に避難所として店を開放したイオン石巻店(宮城県石巻市)では、同店が入るショッピングセンター(SC)を含め一時2千人超を受け入れた。非常事態に現場はどう対処したのか、奥村博司店長(55)に聞いた。

 地震発生時は自宅にいた

 「大渋滞だったので大雪の中、自転車で店に行った。着くとSCの責任者が来店客を避難誘導していた。衛星電話で本部に連絡しようとしたが不通。警察が『大津波警報なので高いところに避難を』と言うので、2階のフードコートに避難してもらった。当初500人だったが夜に800人になっていた。注意報になれば帰宅できるが、いっこうに変わらなかった」

 「幹部で集まり会議した。『これからは自分らがマニュアルだ』と。従業員を食事、寒さ対策、トイレ、救護の4班に分けた。食事班はペットボトル飲料、弁当などを袋に入れて配り、寒さ対策班は毛布、カイロなどを集めて渡した。トイレ班は清掃や消毒を担当。救護班は薬剤師が24時間体制であたり、赤ちゃんのミルクにも対応した」

 一夜明け救助が本格化。避難者も増えた

 「自衛隊も救出した人に『イオンに避難を』と言っていたようだ。ほかの避難所は物資も設備もないのでずぶ濡れの人もどんどん来た。行政の救援物資は全然来ないが本社から3日目に2500個のおにぎりが来た。1人1個ずつ飲み物と渡し計2400個を配った」

 「行政の人が来て『別の避難所の人が何も食べていないから物資を全部ください』と言われた。店内の人に説明し『震災から1食も食べてない人は手を挙げてください』と聞いて、手を挙げた人には物資を渡し、あとは自衛隊のトラックに積んでもらった」

 避難所の状態は26日まで続くが、営業再開を求める声も増えてきた

 「22日にあるお客が『自転車が欲しい』と店にメモを張っていった。1時間歩いて来た女性が生理用品が欲しいというので無料で渡したら、『もう少しもらえませんか』と言うのでお金をもらい多めに渡した。いつまでもこのままではいけないと思い自転車20台を整備して売った。本部に商品を回してもらい、23日からパン、衣料品、乾電池など必需品を売った」

 「1階の修理を終え31日に営業再開した。最初は冷蔵庫、洗濯機が売れた。着る物が流されているから洗濯したい、食べ物を買えるときに買いたいから冷蔵庫がほしいという理由。調理が簡単な焼きそばめんも売れ、18尺の冷蔵ケースをすべて焼きそばめんにした」

 営業再開後は復興需要もあり売上高は前年同期比5割増で推移する

 「客単価と客数は約2割高い。親せきの家に身を寄せるなどで世帯人数が増えているためだ。住関連品は前年同期比2倍の売り上げ。1階にあったテーブルやじゅうたん、台所のポット、食器などが売れる。仏壇やタンスもない。貯金を取り崩して生活している人も多く、手ごろな価格で提供しなければいけない」

 店の30〜40人の従業員はボランティアとして避難者を世話した

 「『仕事かボランティアか区別がつかないが感謝されている、小売業の使命は地域のお客のニーズに応えること』と話し、納得してもらった。自分が津波にさらわれ電柱につかまって助かったり、家族を亡くした従業員もいた。ただ人の命には代えられない。ライフラインが本格的に復旧するまでのつなぎを小売業が果たすべきだと思う」

(藤野逸郎)

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