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連載コラム

第3回「『働く』ことの違い」

[ 2014年5月13日 ]

デザイン業とは誰よりも頑張ることが仕事 in 日本

 大学時代、私は多くの建築学科生の同期と一緒に建築デザインについて学んでいた。当時CADはまだ学生の間では普及しておらず、T定規やドラフターという製図道具の機能が付いた製図台を使う最後の世代だった。ロットリングのペンを持ち、書き上げた図面を切り貼りし、最後に青紙に図面を焼くという作業は、今思えばなんというアナログな作業であったであろうか。CGなんていう色物は一学生に手が届くものではなく、なんでもかんでも模型を作っては3次元の空間を確かめていた。課題の提出期限が近付くと、当然のように紙や模型材料にうずもれながら何日も徹夜したものだ。ぼろぼろになるまで極限の自分を絞り出して形にすることが設計やデザインの基本なのだ、と刻み込まれたものだ。

 照明デザインの世界に進んだ後も同じである。うるさがれるぐらい先輩に教えを乞い、自分の限界まで粘ってアイディアを考え、表現力をつけるために遅くまで手を動かすことをいとわなかった。別に自分だけが特別だったわけではない。周りも皆そうであった。そういった彼らと競争する環境にいることが日常であったため、自分の体力の限界まで頑張ることに何の疑問も抱かなかった。活躍しているほとんどの日本人デザイナーが、同じような環境で力をつけ、負けん気と根性を共通のベースとしているのではなかろうか。

給与が良ければデザイン業に従事したい in 香港

 デザイン業界も今や、手書きや模型主流の時代からパソコン主流の時代となった。時代は変わっても、日本においては、設計者やデザイナーの精神構造に大きな変化はないであろう。素敵な空間を創り出すためには、献身的にとことん働いてしまう、そのような人たちの熱意と頑張りにまだまだ支えられている。私の事務所も例外ではない。ところが、香港に事務所を設立し、日本人以外の所員を雇用するようになってから、香港の常識と私の常識との間に、かなりのずれがあることに気づかされた。それは転職・給与・時間という3つの項目に対する考え方である。

 日本では1つの会社で長く働いた方が、社会の信用を得やすいし良いこととされる。しかし香港の場合は平均2、3年のサイクルで仕事を変える。業種そのものを変えてしまうことも普通によくある話だ。むしろ多くの業種やポジションを経験している方がその人の評価は高くなり、より好条件で転職できることが多いらしい。私からすればたった2、3年で何が身につくのだろうと思うのだが、香港では転職はポジティブに捉えられ、人は流動的に回っている。だから先行投資としてじっくり大切に育てた人材も、あっけなく他社の戦力になってしまう。裏を返せば余所で育てられた優秀な人材を如何に仲間に引き入れるかが大事な経営戦略となるのである。

 労働者にとって給与は日本人以上に大きな意味を持つ。やりがい、職種、ポジションといったものよりも、香港人の労働者は優先して給与額で新しい職場を選ぶ。かつてうちに照明デザイナーになりたいという熱意にあふれた若い子が来たのだが、ふたを開ければ月額5千円ほど高かったというだけの理由で、照明もデザインも全く関係のない他業種に行ってしまった。このようなケースは毎度のことで、つまりは会社にとって採用はオークションなのである。誰もが憧れるスーパーな会社でない限り、「あなたの会社で修行したいので、安くてもいいから入社させてください。」なんていう殊勝な人はやってこない。

 労働時間についても、日本とは感覚的に随分と異なる。香港では日本の法定労働時間のような制限はなく、会社はなんと残業代を払う義務もないのだ。基本労働時間は9時~18時ぐらいが標準だろうか。デザイン業界といえども、求人に掲示する労働時間を一般的な職種と同じ時間に設定しないと応募が来ない。照明デザイナーの職能を考えると、夜間の照明調整に従事させられないことになる。これは死活問題である。もっとも香港の場合は、必要ならば21時ぐらいまでの残業はしてくれる文化なので、実際にはなんとかなる。一方、現実的に終業時間を仮に21時とし、そのぶん高い給与を示せば来てくれるだろうか?否、応募はこないだろう。早く帰って家族と過ごすことの価値は、彼らがこだわるお金よりも上なのである。稼ぎたいなら遅くまで働くことに抵抗のない日本人の私から見ると不思議な感覚である。

 ここで私は今まで目を背けてきた課題に向き合わざるを得なくなる。照明デザインという仕事を、ビジネスとして成立させる必要に迫られているということだ。ということは日本でよく聞くような、「厳しいけどやりがいはあるよ」、という誘い文句は通用しない。いい人材を手に入れたければ他に勝る待遇を示し、長く働いてもらいたければ相場よりもいい給与体系を示し続ける必要がある。考えてみれば当たり前なのであるが、会社を成長させるには儲けを出して優秀な人材をキープし続けなければならないのだ。アトリエ系デザイン事務所とはいえ、同じなのである。「弊社が受け取る設計料が厳しくてもデザインさせてもらえるなら引き受けます。」なんて殊勝なことは、私も言えなくなったということだ。

真の国際的な会社になるために

 アジアでは中国をはじめとする好景気のために、慢性的に設計者不足となっており、会社にとって人材の確保が急務となっている。そのために現在、極端な売り手市場になっている。日本においても人材確保が近年難しくなっているが、その理由は他のアジアとは大きく異なっている。日本は少子化と建築業界の不人気が大きな要因であろうか。ここで労働者の視点から他のアジアと日本を比較してみよう。他のアジアでは厚待遇のもとで最先端のプロジェクトに従事できるのに対し、成熟してしまった日本では厳しい労働条件下で小さな仕事をこつこつとこなすことになる。やや大げさに表現してしまったが、これが現実であり無視はできないのである。他のアジアと日本とでは、この先どちらに彼らは夢と将来を感じるだろうか?

 私は、自分が経験してきた自己鍛錬を礎とする日本の気風は素晴らしいものだと思っている。他のアジアのどの国よりも、多くの日本人の設計者やデザイナーが世界的な賞を受賞していることがその価値を証明している。設計業界も国際的となった今、日本式はいい加減改めていかなければならない時期であろう。日本人労働者は外国の労働者との比較で再評価され、その能力と勤勉さに見合った報酬を手に入れるべきなのである。日本の会社も国籍にとらわれずに優秀な人材を確保し、世界と戦えるように強化していく姿勢を持たねばなるまい。

 こんな偉そうなことを書いている私も、恥ずかしながらまだ道半ばである。照明デザイン業界がおかれている現状は、他業種はもとより、他の設計業と比べても著しく厳しいのが現実であり、地位向上のためには世の中にアピールしていく必要性を感じている。また、熱意と根性に頼らずとも、もっと効率的に品質の高い成果物をつくる意識を私自身から持たねばなるまい。

 最後に、香港の雇用に関する面白い制度を1つご紹介したい。日本と同様に、会社が従業員を即日解雇する場合には1か月分の給与を支払うことで成立する。そしてなんと香港では、従業員の方がすぐに辞めたいときには、1か月分の給与額を会社に支払わなければならないという、会社と従業員がイーブンの関係なのだ。なんという緊張感なのだろう。「御恩と奉公」の精神が未だに根強い日本で育った私にとって、従業員と常に剣先を向け合っているような環境は居心地が悪くてしようがない。

Totsune’s Lighting Insight
執筆者:戸恒浩人

照明デザイナー/照明コンサルタント/一級建築士
有限会社シリウスライティングオフィス 代表取締役
Sirius Lighting Office (HK) Limited President


1975年生まれ。東京都出身。建築・環境照明そして都市計画に至る豊富な経験を生かし、都市照明や商業施設などの演出性の高い照明デザインから、住宅や病院などの心地よい光環境のデザインまで、幅広く照明のデザイン及びコンサルティングを手がける。2011年からは香港にも進出し、アジアを拠点に活躍の場を広げている。


1997年 東京大学工学部建築学科卒
1997年~2004年 株式会社 ライティング プランナーズ アソシエーツ
2005年 有限会社 シリウスライティングオフィス設立
2007年 照明学会照明デザイン賞受賞
2010年 IALD(国際照明デザイナー協会) Award of Merit 受賞
2011年 Sirius Lighting Office (HK) Limited 設立
2012年 IALD(国際照明デザイナー協会) Award of Merit 受賞
2013年 ICC Music & Light showにて 世界最大のファサードライティングショーとしてギネスを取得


主なプロジェクト
情緒障害児短期治療施設、ホテル日航東京チャペル”ルーチェ・マーレ”、浜離宮恩賜庭園ライトアップ”中秋の名月と灯り遊び”、HOUSE O、日本経済新聞社東京本社ビル、武蔵野美術大学 美術館・図書館、ユニクロ心斎橋、東京スカイツリー、ICC Music & Light showなど

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